早瀬さんは東京都のご出身で、地域おこし協力隊として2016年に沼田町に移住しました。当初は沼田町にずっと住むとは考えていなかったそうですが、今はお世話になった農家さんのために沼田町でハンターを続けていきたいと話てくれました。何が早瀬さんの心境の変化を生んだのでしょうか。

Q.町に来たきっかけは?
早瀬さん:東京で暮らしていたときに大型連休に開催される狩猟学校に通っていて、ジビエに関して先進地域のイメージのある北海道で狩猟の仕事をしたいと考えるようになりました。北海道の地域おこし協力隊の仕事を検索したところ、沼田町だけが有害鳥害駆除の支援員を募集していたので応募しました。
Q:最初にお付き合いがあったのはどんな方々でしょう?
早瀬さん:町に来たときは狩猟免許を持っていない状態だったので最初の年は農業支援員として農業法人で働くことになりました。そこで働いている20代後半の世代の方々がよくご飯に連れて行ってくれました。その方々は農協青年部所属で他の青年部の方を紹介してくれ、夜高あんどん祭りにも農協青年部を通して参加しました。一人だったら知り合いもいなかったので参加しなかったかもしれないです。実をいうと当時はすぐにでも狩猟を始めたかったんですが、今思い返すと最初の年に農業法人で働いて本当によかったです。
Q:地域の方々とはどうやって知り合いましたか?
早瀬さん:農業法人で働いていた時に獣害対策用の柵を地域の人と一緒に設置することがあり、そこで地域の代表の方ともお会いしました。11月に狩猟を始めるときにもう一度挨拶に行ったら、顔も覚えてくれていました。自分のいないところで誰かしらが僕のことを話してくれていて、自分のことをみんな知っているから問題なく狩猟することができているんじゃないかと思います。
Q:狩猟を続けていくうえで困ったことはありましたか?
早瀬さん:最初のころは軽自動車に乗っていたので、仕留めたエゾシカが大きいと、前の車輪が浮いてしまい自分では運べなかったんです。今のように大きな車を買うまでは農家さんに電話してシカを運び出してもらっていました。お酒を飲み始める時間帯にお願いしていたのでだいぶ迷惑をかけたと思いますが、農家さんも鹿を取ってほしい思いもあって助けてくれました。困った時に頼ったことで農家さんと関係が築けたかもしれません。他にもいろいろな面で力になってくれる方々がいます。
Q:どうやってまちなじみが進みましたか?
早瀬さん:最初は建前で付き合ってくれていた部分もあったと思います。でも、狩猟で朝早くから夕方まで飛び回ってシカを取る姿を周りの人がみていてくれて、だんだんと認めてくれるようになったのかなと。
Q:今後の町とのかかわり方は?
早瀬さん:当初は沼田町にずっと住むかどうかは決めていませんでしたが、町の農家さんとの関係が築けた今は、沼田町で有害鳥獣駆除の仕事を続けようと思うようになりました。ただシカだけで食べていくのは難しいので、他の仕事と組み合わせる予定です。

(このインタビューは2019年1月22日に実施しました。)